女優川島なお美の命日に考える。
「命よりも大事だったもの」
現代女性の生きづらさの正体と「瘦せ姫」との深い関わり
さらにいえば、その姿にはどこか鬼気迫ったものも感じられました。その正体は、ほどなくして判明します。会見から9日後に舞台を降板した彼女は、その1週間後に死去。女優という誇りと生きがいのために、まさしく身を削りながら、最期のときを闘っていたのです。
そんな彼女の闘病生活も、あくまで「女優業」を優先したものでした。舞台のスケジュールが入っていたため、手術の日程を何ヶ月も引き伸ばし、髪が抜けるなどの副作用を避けるために、抗ガン剤治療を徹底拒否。その頑(かたく)なな姿勢が死期を早めたのでは、という指摘もされていますが……。
彼女は自らの選択について、こう説明したといいます。
「ミュージカルの舞台に立つ自分にとって体は楽器。それに傷をつけてしまうとうまく鳴らなくなる」(註1)
ここで思い出すのが、別の有名人の闘病ぶりです。喉頭ガンが再発し、声帯摘出を行なったつんく♂。歌手の命ともいうべき「声」を失うことで生きながらえようとする姿勢は「苦渋の選択」と評されました。
しかし、インターネットではこんな意見も目にしたものです。
「それ以外の、どんな選択があるんだよ」
つまり、何より大切なのは命だから、声帯摘出こそ唯一の選択だとの主張です。このとき、違和感を覚えるとともに、この発言者のことが少し気の毒になりました。
命より大事だと思えるようなものが、この人にはないのだろうな、と。
ちなみに、つんく♂は決断の理由に「家族」を挙げていました。妻や子と長く一緒にいたいから、ということです。また、彼は作詞や作曲の能力もあります。逆にもし、彼が独身で、作詞・作曲の能力を持っていなかったなら、たとえ死期を早めることになっても、自分の喉のどで歌い続けるという選択をしていたかもしれません。
話を、川島に戻します。彼女の激瘦せはもっぱらガンによるものでしたが、もともと細身志向だったことも無関係ではないでしょう。というのも、20歳前後ではややふっくらとしていた時期もありましたし、ドラマ『失楽園』に出た頃はもう少し肉感的でした。
158センチ42キロというのは、彼女が自身の美を追求するなかで理想のものとして磨き上げた体型。仮に闘病のため、もっと太ることを勧められても応じることはなかったでしょうし、細身であることは女優としても女性にとっても、重要な意味を持っていたと思われます。あの会見でのドレス姿にしても、激瘦せではなく「激太り」だったなら、隠そうとしたのではという気がするのです。